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「カルーセルエルドラド」が機械遺産に認定!
機械遺産ってどのようにして選ばれるの?

としまえんの回転木馬、カルーセルエルドラドは、機械仕掛けの芸術的乗り物として100年以上の歴史を持つ世界的に貴重な文化遺産として2010年8月7日に『機械遺産』に認定されました。

『機械遺産』(Mechanical Engineering Heritage)とは、歴史に残る機械技術関連遺産を大切に保存し、文化的遺産として次世代に伝えることを目的に、日本国内の機械技術面で歴史的意義のあるものに対して、日本機械学会が認定したものを言います。

 
カルーセルエルドラドの歴史

倉庫で復元を待つ木馬たち

2010年に『機械遺産』に認定された、としまえんのシンボルとも言える回転木馬、「カルーセルエルドラド」は、1907年にドイツのヒューゴー・ハッセによって作られました。

カルーセルは同年にドイツのミュンヘンで開催された“オクトーバーフェスト”において、初めて人々に披露されました。

当時は「トロットワール・ルーラン(動く歩道)」と呼ばれ、世界最大にしてもっとも豪華なカルーセルと言われていました。

今にも動き出しそうな見事な造形の24体の木馬をはじめ、豚やゴンドラ、馬車などすべてが木造のカルーセルは、すべてが手彫りされたものです。

天使や女神など全体に施された精巧な美術工芸は、当時全盛だったアールヌーボー様式の豪華な彫刻作品で埋め尽くされ、現在でも大変な価値を持ったものと評価されています。

 

製作者のヒューゴー・ハッセ(1857-1933)は機械技師で、カルーセルを蒸気機関で動かす仕事を請け負っていましたが、蒸気機関の整備士としてカーニバルを回るうちに自らもカーニバル業を始め、次々と遊戯施設を制作し、「遊園地業の王様」と呼ばれるようになりました。
この豪華なカルーセルとともにヒューゴーはヨーロッパのカーニバルを巡業し、各地で歓迎を受けました。

しかし、ヨーロッパには戦争を予感させる不穏な空気が漂い始めます。戦争となればその華やかな巡業も困難になるばかりか、ヨーロッパでのカーニバル自体が激減してしまいます。また、カルーセルの移動には莫大な費用がかかるため、できるだけ一箇所に留まり興業を行う必要がありました。

アメリカからの輸送の様子

1910年にドイツ皇帝ウィルヘルムⅡ世の招きによりアメリカのルーズベルト大統領が訪れた際、ヒューゴーはアメリカの遊園地にカルーセルを移すことを思いつきます。

1911年、ともに制作に携わった弟にカルーセルを託し、ニューヨークのコニーアイランドにある遊園地スティープルチェイスに送り出しました。カルーセルはスペイン語で“黄金郷”を意味する「エルドラド」と呼ばれ、1964年に閉園するまでコニーアイランドの名物として多くの人々を楽しませました。

遊園地が閉鎖されると「エルドラド」は解体され、ひっそりと、倉庫に収められました。

その噂を聞きつけたとしまえんが購入し、1969年「エルドラド」はニューヨークの人々に惜しまれながら貨物船にのり、太平洋を旅して日本にやってきました。解体された「エルドラド」は、専門家の監修による修復作業を経て、製作当時の姿に復元され、1971年4月3日から再び子供達の夢をのせて回り始めたのです。

 
カルーセルエルドラドの特徴

アールヌーボー様式の豪華な装飾が特徴のカルーセルエルドラド。日本にやってきたときに、ヒューゴー・ハッセが制作した当時の姿に復元しました。
当時ドイツの華やかさを堪能できるカルーセルエルドラドにはいくつかの特徴があります。

全てが木製

カルーセルエルドラドの彫刻はすべてが木製。そしてすべてが手彫りなのが特徴です。細かい部分まで繊細に作られています。

3段階のスピード

乗り場が3段に分かれていて内側に行くにつれ回転が速くなります。1分50秒の乗車も座る場所によって感じ方が変化します。

それぞれ異なる馬の顔

すべてが手彫りなので、馬の表情もそれぞれがユニークです。全部の馬の顔を見比べて、お気に入りを見つけるのもおもしろいです。

 
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